バロック・ダンス懺悔録

聖和笙のバロック・ダンスに纏わるブログです!                            Les Confessions pur la belle danse.

2014年10月

愛すべき征服者。カンプラのオペラ、エジオーヌの中のとても美しいメロディの
ルールという踊りです。同じメロディに、歌とカップル・ダンスと男性のソロが
ある貴重な曲です。
テンポはゆっくりなのですが、カップル・ダンスはヘミオラのように踊る
部分もあってバレ・ド・クールにあっては音取りが少し難しい踊りです。
男性のソロは跳躍、回転、グリッサード等を何回か繰り返す技巧的な楽しい踊りです。
アンドレ・カンプラは、リュリの少し後に活躍した作曲家です。
1694年から1700年までパリのノートルダム大聖堂の楽長だったそうですが、
ヴェルサイユの祝祭に訪れていたのでしょう、1697年からひそかにオペラの
作曲を行い美しいメロディの曲を多く残しています。
代表作の優雅なヨーロッパ には多くの舞曲が納められています。
ルイ14世の死後は、王立音楽アカデミーやヴェルサイユの宮廷礼拝堂に勤め、
1720年ごろから再び宗教曲の作曲に時を費やしたそうです。
ヴァンケールというとシャルマン・ヴァンケールという曲があって、
こちらも歌とカップル・ダンスが残っている美し曲です。

晩年のルイ14世は、財政破綻や子供達の死によって困窮していたようです。
この頃もうフランス革命は始まっていたかのようです。
死因は壊疽で、寵愛した作曲家リュリと同じ病いという事も何か因果を感じます。
永い眠りに就いてから来年の9月1日で300年目を迎えます。
今年は、ルイ14世のアポロンのアントレを踊る事で多くの素晴らしい
出会いを頂きました。
テアトル•ド•ヴェルサイユでは、来年の9月1日に合わせて、
ルイ14世の魂と300年の眠りを悼むイヴェントを行おうと思います。

ルイ14世の晩年には多年の戦争による莫大な戦費の為にフランスの財政は
破綻しかかっており、重税の為にフランスの民衆は困窮しきっていた。
1709年にはかつて革命を起こして王政を打倒したことのある
「イギリス人を見習え」と謡う小唄が流行したほどだった。
ルイ14世の家庭でも不幸が続き、彼の嫡出子のほとんどが幼少期に死んでおり、
唯一成年に達した王太子ルイも1711年に死去してしまう。
彼は3人の息子を残していたが長男のブルゴーニュ公ルイも翌年の1712年に
天然痘(または麻疹)で急逝し、そして同じ病で長男のブルターニュ公ルイまでも
が夭逝してしまった。その為、ブルゴーニュ公の男子で唯一生き残った
幼い三男のアンジュー公が王太子となった。
1715年9月1日、77歳の誕生日の数日前にルイ14世は壊疽の悪化により崩御した。
彼は死の床に幼い王太子を呼び「私は多くの戦争をしたが、
私の真似をしてはならない」と訓戒したという。
彼の遺体はパリ近郊のサン=ドニ大聖堂に埋葬されたが、民衆は老王の死を歓喜し、
葬列に罵声を浴びせた。 出典wikiより

スチーム・ガーデンの打ち上げで高円寺のアイリッシュパブ、クールラカーンに伺いました。
浅倉調公爵夫人、ヴァルトさん、前夜ミッドナイト・メスでもお目に掛かったケニーさん、
ルークさん、前夜ダーク・キャッスル・ハロウィン・パレードでお目に掛かったヨゼフさん、
伯爵さん、櫻田さんがいらっしゃいました。
クールラカーンで演奏をしていたのは、歌とアイリッシュ・ブズーキと
ヒュンメルヒェンのゼノさん、パーカッションのモンクさん、
ヴァイオリンとハーディガーディと歌のミューナ、ピアノとクラリネットのミオトさんの
4人からなる古楽演奏集団ステラミラ。
ブリティッシュ・バラッドとルネサンスがミックスされた音楽性は、
ブリティッシュ・フォーク・リヴァイバルのペンタングルや
プログレッシブ・ロックのサード・イヤー・バンドを思い出しました。
ゼノさんにお話しを伺うと私が古くからカプリオルでご一緒している近藤さんと
浜松の楽器博物館のバグパイプのイベントで共演したと伺いました。
世界はとても狭いです。
ダーク・キャッスル・ハロウィン・パレード、ミッドナイト・メス、カプリオルと
巡った前夜からの夜の涯への巡礼でルイ14世の衣装を持っていたので
変身て踊ったところ、仮装コンテスト3位に入賞してウィスキーを頂き、
嬉しいお土産になりました。
前夜のミッドナイト・メスでは、写真家でジョニー・デップが来日した際の通訳をした
ロバートさんとゴシックとリュリの音楽の話しで意気投合しました。
スチーム・ガーデンの主催者ルークさんと話し余りにも音楽の話が合いすぎていて、
よく聞いてみるとミッドナイト・メスでノイズパフォーマンスをしていた
カオス・ロワイヤルのルークさんで、嬉しい再開でした。
ルイ14世のご加護によって素晴らしい出会いを頂いたハロウィンでした。

コントル・フェザールはフランスの古い民謡で、ヘンリー・パーセルが自作の曲の
一部としても使っている程に素晴らしいメロディです。
貴族が宮廷で踊ったバレ・ド・クールとよばれる曲で、
男女の特徴的な掛け合いが4回あるので真似っこと呼ばれています。
来月バロックダンス講習会で取り上げます。
JR新橋駅から徒歩8分のサウンドプランM新橋スタジオで
11月8日(土)12日(水)26日(水)の3回に分けて行います。
11月29日(土)19時-21時はメヌエットやブレ等の基礎練習を行います。
冒頭のパート2回、真似っこのパート3回、エンディングがある、
A、B、B、A’、B、Cという形式で、舞踏譜は15ページありますが、
実質は6ページ覚えれば踊れます。テンポの早い踊りです。
ブルゴーニュやブレ・ダ・シールのような組曲では無いので舞曲の性格を
踊り分ける必要はなく混乱せず踊れます。
バレ・ド・クールに挑戦したいという方、是非いらして下さい。
seiwashow@yahoo.co.jpにご連絡下さい。

カプリオル公演、聖ニコラと鞭打ち爺さん、終了致しました。

石倉さんの不在とメゾ・ソプラノの小阪さんの初出演があって、
これまでとは少し趣の変わった舞台となりました。
台詞が減って踊りが中心となり、私にはとてもしっくりくる舞台でした。
服部さん、牧野さん、ねわさん、ももこさん、榎本さん、浅葉さんと私。
小阪さんと小澤さんが天使になってとても綺麗でした。
演奏は、小阪さんの歌、近藤さんの笛、小澤さんのビオラ・ダ・ガンバ、
マッッチェさんの笛の音がマッチしてとても美しかったです。

ステージが狭く私はスパニョレッタから外れ踊らなかったので、
文字どおり登場人物を鞭打つ役でした。
その中でも舞台から新たな発見を得る事が出来ました。

恒例のファランドールは称明寺の門の内外を中心に練り歩きとても
楽しかったです。


バロック・ダンスの手の使い方は、長い間私にとっての大きな課題です。
クラシック・バレエの手の使い方とはあまりに違うからです。
1700年前後のダンサーの挿絵の手はどれも目線よりも高く描かれていますが、
現在バロックダンスをその様に手を高い位置で踊る人は余りいません。
しかし、私は実際このような高いポジションで踊られたと思っていて、
その様に使う方法を模索しています。
クラシック・バレエの手の使い方は機能的な美しさで、跳躍の際は上に
回転の際には丸くエネルギーを束ねます。バロック・ダンスの手の使い方は
装飾的な美しさを備えていて肘から先を体の前で面として回転させます。
丁度、フラメンコの手の使い方のようです。
リズムにおいても、フラメンコはコンパスと呼ばれるリズムの組み合わせを
感じて踊るものですが、バロック・ダンスのステップもフラメンコの
コンパスと同じ概念で出来ています。また、フォリアという踊りには
サパティアードのようなステップがあります。
バロック・ダンスのスペイン人の踊りが、本当にスペインから輸入された
ものなのか、フランスの光に対する影として創造されたものなのかは
今では知る術はありません。
しかし、バロック・ダンスと、フラメンコは共通点が多い事に間違えはありません。
フラメンコと言えば素晴らしいダンサーの枚挙に暇は無いのですが、
私のアイドルはアントニオ・ガデスさんです。
フラメンコ映画のバルセロナ物語、主演作は、血の婚礼、カルメン、
恋は魔術師で世界的に有名になって、多くの舞台で来日しました。
ジプシーのフラメンコとクラシック・バレエをミックスした独自のスタイルで
演劇性の高いフラメンコです。

アルゼンチン・タンゴは、自分のエネルギーを相手に伝えて、相手のエネルギーを貰い、
体で会話をする相互的な即興舞踏です。私はタンゴから自分の体で相手の体と会話する
術を深く学びました。また、足で会話するような装飾的なステップのラピスにも
バロックダンスと共通しており、影響を受けました。

私がタンゴを好きになった切っ掛けは、アストル・ピアソラさんの1枚のレコードでした。
そこには、古いタンゴの概念を覆す、バッハやジャズや現代音楽の要素が含まれた音達が
刻まれていました。その後、何度か来日されバンドネオンの音色と印象的な曲達に
すっかり魅了されました。殊に忘れられないのは、ミルバさんとの来日公演、
ゴジェネチェさん元奥様のメルバールさんジャン・ギドーニさんといった歌手達との
共作音源です。

その後、タンゴ・アルゼンチーノという音楽とダンスで観せるショウが、
パリ付いで、ブロード・ウェイで話題となり、世界中をツアーして、
来日もしました。初期メンバーには、ピアソラさん、ゴジェネチェさんも
含まれていましたが、来日公演は残念ながらお二人は来日しませんでした。
しかし、コペスさんとマリアさん、グロリアさんとエドワルドさん等、
素晴らしいカップル・ダンサーが次々にタンゴの名曲を踊っていく
圧巻のステージで、その後のアルゼンチン・タンゴの発展を体験した
今でも、未だにこの公演の事が忘れられません。

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